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エホバの証人二世の、個人研究&趣味blogです。
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10:12:04
テモテ第二3章1 この​こと​を​知っ​て​おき​なさい。終わり​の​時代​は​困難​で​危機​的​な​時​に​なり​ます。 2 人々​は​自分​を​愛し,お金​を​愛し,自慢​ばかり​し,傲慢​で,神​や​人​を​冒瀆​し,親​に​従わ​ず,感謝​せ​ず,不​忠実​に​なり​ます。 3 自然​な​愛情​を​持た​ず,全く​人​に​同意​し​よう​と​せ​ず,中傷​し,自制​心​が​なく,乱暴​で,善い​こと​を​愛し​ませ​ん。 4 人​を​裏切り,強情​で,思い上がり,神​で​は​なく​快楽​を​愛し, 5 信心深く​見え​て​も​実際​に​は​神​を​敬っ​て​い​ませ​ん。こう​いう​人​たち​から​離れ​なさい。


ヨハネ第一4:10 私たち​が​神​を​愛し​た​と​いう​より,神​が​私たち​を​愛し,私たち​の​罪​を​償う​犠牲​と​し​て​ご自分​の​子​を​遣わし​て​くださっ​た​の​です。これ​こそ​が​愛​です。

最愛のみ子を遣わせしてくださった。


コリント第一13:4 愛​は​辛抱強く,親切​です。愛​は​嫉妬​し​ませ​ん。愛​は​自慢​せ​ず,思い上がら​ず, 5 下品​な​振る舞い​を​せ​ず,自分​の​こと​ばかり​考え​ず,いら立ち​ませ​ん。愛​は​傷つけ​られ​て​も​根​に​持ち​ませ​ん。 6 愛​は​不正​を​喜ば​ない​で,真実​を​喜び​ます。 7 愛​は​全て​の​こと​に​耐え,全て​の​こと​を​信じ,全て​の​こと​を​希望​し,全て​の​こと​を​忍耐​し​ます。 8 愛​は​決して​絶え​ませ​ん。一方,預言​する​能力​が​あっ​て​も,それ​は​除き去ら​れ​ます。さまざま​な​言語​が​あっ​て​も,それ​は​なくなり​ます。知識​が​あっ​て​も,それ​は​除き去ら​れ​ます。

不利な状況で我慢する。
奉仕の特権や、金に嫉妬をしない。
物や、才能を自慢したり思い上がったりしない。
苛立たない。
他の人を許さなければならない。傷つけられても、忘れる。
不正を喜ばない。
耐える➡不完全さを覆う。

コロサイ3:13 引き続き​互い​に​我慢​し,寛大​に​許し合い​ましょ​う。たとえ​誰か​に​不満​を​感じる​と​し​て​も​です。エホバ​が​寛大​に​許し​て​くださっ​た​の​ですから,同じ​よう​に​し​なけれ​ば​なり​ませ​ん。 14 これら​全て​に​加え​て,愛​を​身​に​着け​ましょ​う。愛​は​完全​な​絆​な​の​です。
11:05:29
[記事の主題] その情報は信頼できますか

[主題の聖句] 「聞かないうちに返事をするなら、それはその人の愚かさであり、恥辱である」。箴言 18:13

歌: 43、116

どのように答えますか
読むものやメールで送る情報を注意深く選ぶ必要があるのはなぜですか。
他の人がエホバの証人に関する間違った情報を広める時、どのようにイエスに倣えますか。
正しい情報を見分けるうえで、聖書のどんな3つの原則が助けになりますか。

[1、2節の質問] (イ)どんな能力を培う必要がありますか。(ロ)この記事ではどんなことを考えますか。
[1節] わたしたちは、正しい情報を見分けて正しい結論を下す能力を培う必要があります。(箴言 3:21‐23; 8:4、5)サタンと世がわたしたちの考えをゆがめようとしているからです。(エフェソス 5:6。コロサイ 2:8)事実を知らなければ、適切な結論は下せません。箴言 18章13節にはこう述べられています。「聞かないうちに返事をするなら、それはその人の愚かさであり、恥辱である」。
[2節] とはいえ、正しい情報を入手して正しい結論を下すのは簡単ではありません。この記事では、その理由を考えます。また、正しい情報を見分けるうえで役立つ聖書の原則や例も取り上げます。

[副見出し] 「すべての言葉」を信じない

[3節の質問] 箴言 14章15節の原則を当てはめる必要があるのはなぜですか。(冒頭の挿絵を参照。)
[3節] 今日の社会には情報があふれています。インターネットやテレビなどのメディアから次々と情報が押し寄せてきます。友達からもメールなどでたくさんの情報が入ってきます。世の中には間違った情報をわざと広め、事実をゆがめる人もいるので、正しい情報を注意深く見分ける必要があります。どんな聖書の原則が役立つでしょうか。箴言 14章15節にはこうあります。「経験のない者はすべての言葉を信じ、明敏な者は自分の歩みを考慮する」。

[4節の質問] フィリピ 4章8、9節は、読むものを選ぶうえでどのように役立ちますか。正確な情報を得ることが大切なのはなぜですか。(「信頼できる情報を得る」の囲みも参照。)
[4節] 正しい決定を下すには信頼できる情報が必要です。ですから、読むものを注意深く選ばなければなりません。(フィリピ 4:8、9を読む。)疑わしいニュースサイトをチェックしたり、メールの不確かな情報を読んだりするのは時間の無駄です。背教者のウェブサイトには特に注意が必要です。彼らの目的は、神の民の信仰を弱め、真理をゆがめることだからです。間違った情報は間違った決定につながります。思いと心に強い影響を及ぼすので、決して油断すべきではありません。(テモテ第一 6:20、21)
[挿入聖句] フィリピ 4:8、9 終わりに、兄弟たち、何であれ真実なこと、何であれまじめなこと、何であれ義にかなっていること、何であれ貞潔なこと、何であれ愛すべきこと、何であれよく言われること、また何であれ徳とされることや称賛すべきことがあれば、そうしたことを考え続けなさい。あなた方がわたしとの関係で学び、また受けたり聞いたり見たりした事柄は、これを実行しなさい。そうすれば、平和の神があなた方と共にいてくださるでしょう。[挿入聖句、終わり]

[5節の質問] イスラエル人はどんな間違った報告を聞きましたか。どんな影響を受けましたか。
[5節] 間違った情報を信じると、悲惨な結果になりかねません。モーセの時代の出来事を考えましょう。約束の地を偵察するために遣わされた12人のうち10人が悪い報告を持ち帰りました。(民数記 13:25‐33)彼らが大げさで間違った報告をした結果、エホバの民はすっかり意気をくじかれてしまいました。(民数記 14:1‐4)偵察に行った人のほとんどが悪い報告を持ち帰ったので、その報告が正しいと思い込んでしまったのでしょう。ヨシュアとカレブの良い報告には耳を傾けようとしませんでした。(民数記 14:6‐10)正しい情報を得て、エホバへの信頼を示すべきでしたが、悪い報告を信じてしまったのです。何と愚かなことでしょう。

[6節の質問] エホバの証人に対する中傷を見聞きしても、動揺すべきでないのはなぜですか。
[6節] エホバの証人に関する情報を見聞きした時には、特に注意が必要です。サタンが神の忠実な僕たちを非難していることを忘れないようにしましょう。(啓示 12:10)イエスは、反対者たちが「あらゆる邪悪なことを偽ってあなた方に言う」と述べました。(マタイ 5:11)ですから、エホバの証人に対する中傷を見聞きしても、動揺しないようにしましょう。

[7節の質問] メールなどで情報を伝える前に、どんなことを考えるべきですか。
[7節] あなたは友達にメールなどで情報を伝えるのが好きですか。面白い話を聞いたり、インターネットなどで新しいニュースを見たりすると、すぐに伝えたくなりますか。でも、送信する前に「これは本当に確かな情報だろうか」と自問しましょう。もしかすると、兄弟姉妹の間に間違った情報を広めてしまうかもしれません。確信が持てないなら、送信しないようにしましょう。

[8節の質問] どんなことをした反対者たちがいますか。どうすれば反対者に加担しないですみますか。
[8節] メールなどですぐに情報を伝えることには別の危険もあります。国によっては、エホバの証人の活動が制限されたり禁止されたりしています。そのような国の反対者たちは、わたしたちの恐怖心や互いへの不信感をあおる情報を広めるかもしれません。旧ソ連でKGBという秘密警察がそのようなことをしました。主立った兄弟たちが仲間を裏切ったといううわさを流したのです。* [脚注]「2004 エホバの証人の年鑑」111‐112ページ、『2008 年鑑』133‐135ページを参照。[脚注、終わり]残念なことに、多くの兄弟たちがその偽情報を信じ、エホバの組織から離れてしまいました。後に多くの人は戻って来ましたが、戻って来なかった人たちもいます。信仰を失ってしまったのです。(テモテ第一 1:19)どうしたらそのような悲惨な結果を避けられるでしょうか。ネガティブな情報や不確かな情報を他の人に伝えないことです。すぐにだまされないようにしましょう。正しい情報を見分けてください。

[副見出し] 不十分な情報

[9節の質問] どんな情報にも注意が必要ですか。
[9節] 情報の中には、一部は真実であるものの、残りは間違いというものもあります。そのような情報に惑わされると、正しい結論を下せません。どうすれば欺かれないですむでしょうか。(エフェソス 4:14)

[10節の質問] イスラエル人が仲間の兄弟たちに戦いを仕掛けようとしたのはなぜですか。戦いを避けられたのはなぜですか。
[10節] ヨシュアの時代にヨルダン川の西側に住んでいたイスラエル人の例を考えましょう。(ヨシュア 22:9‐34)彼らは、ヨルダン川の東側に住むイスラエル人(ルベンとガドの部族およびマナセの半部族)が、ヨルダン川のそばに大きくて目を引く祭壇を築いたことを聞きました。それは事実でしたが、事態の全容を伝えるものではありませんでした。でも西側のイスラエル人は東側のイスラエル人がエホバに反逆したと考え、戦うために集合しました。(ヨシュア 22:9‐12を読む。)幸い、彼らは戦う前に、信頼できる代表者たちを東側のイスラエル人のもとに送り、事実を確認しました。その結果、ルベンとガドの部族およびマナセの半部族の人々が祭壇を築いたのは、犠牲をささげるためではなく、記念のためであることが分かりました。自分たちがエホバに忠実だったことを、将来すべての人たちに知ってほしいと思ったのです。西側のイスラエル人は、不十分な情報に基づいて兄弟たちを殺さずにすみました。時間を取って事実を確認してよかった、と思ったことでしょう。
[挿入聖句] ヨシュア 22:9‐12 こうして後、ルベンの子らとガドの子らおよびマナセの半部族は戻って行き、イスラエルの他の子らから、カナンの地のシロから去って行った。ギレアデの地へ、すなわちモーセによるエホバの指示によってすでに入植した自分たちの所有地へ行くためであった。カナンの地のヨルダンの地方まで来た時、ルベンの子らとガドの子らおよびマナセの半部族は、そこのヨルダンのそばに祭壇を築いた。大きくて際立った祭壇であった。後にイスラエルの他の子らは、このように言われるのを聞いた。「見なさい、ルベンの子らとガドの子らとマナセの半部族は、ヨルダン地方のカナンの地の国境、イスラエルの子らに属する側に祭壇を築きました」。イスラエルの子らがそれについて聞くと、イスラエルの子らの全集会は、上って行って彼らに対する軍事行動を起こそうとしてシロに集合した。[挿入聖句、終わり]

[11節の質問] (イ)メピボセテはどんな不当な扱いを受けましたか。(ロ)ダビデはどうすれば間違いを避けられましたか。
[11節] ダビデ王とメピボセテの例も考えましょう。ダビデはメピボセテに親切を示し、祖父サウルの土地をすべて返しました。(サムエル第二 9:6、7)しかしその後、ダビデはメピボセテについて良くない報告を聞き、事実を確かめずに土地を取り上げてしまいました。(サムエル第二 16:1‐4)後にダビデはメピボセテから事情を聞き、自分の間違いに気づきます。そして、土地の一部をメピボセテに返しました。(サムエル第二 19:24‐29)ダビデは不十分な情報に基づいて性急に行動してしまいました。時間を取って事実を確認していれば、メピボセテを不当に扱うことはなかったでしょう。

[12、13節の質問] (イ)イエスは中傷された時、どうしましたか。(ロ)エホバの証人についてうそを広める人がいるなら、何ができますか。
[12節] 中傷や非難を受けたらどうしますか。イエスとバプテストのヨハネはそうした経験をしました。(マタイ 11:18、19を読む。)イエスはどうしましたか。自分を弁護するために時間やエネルギーを費やすことはしませんでした。むしろ、事実に目を向けるよう人々に勧めました。自分がした事柄や教えた事柄です。「知恵はその働きによって義にかなっていることが示される」とも述べました。
[13節] どんな教訓を学べるでしょうか。エホバの証人について間違ったことや批判的なことを言われると、間違いを正し、評判を取り戻したいと思うかもしれません。何ができますか。そのような非難がうそであるとはっきり分かるような生き方をすることです。イエスの手本から分かるように、わたしたちがクリスチャンとして正しく行動するなら、非難が偽りであることを証明できます。
[挿入聖句] マタイ 11:18、19 これと同じように、ヨハネが来て食べたり飲んだりしないと、『彼には悪霊がいる』と人々は言い、人の子が来て食べたり飲んだりすると、『見よ、食い意地の張った、ぶどう酒にふける男、収税人や罪人たちの友』と言います。しかしやはり、知恵はその働きによって義にかなっていることが示されるのです」。[挿入聖句、終わり]

[副見出し] 自分の理解に頼らない

[14、15節の質問] 自分の理解に頼ることが危険なのはなぜですか。
[14節] 信頼できる情報が得られないと、正しい結論を下せません。それに加え、わたしたちの不完全さも、正しい結論を下す妨げになります。エホバに長年仕えてきた兄弟姉妹は、優れた思考力や識別力を培ってきたことでしょう。健全な判断を下す人として尊敬されているかもしれません。しかし、避けなければならないことがあります。
[15節] それは、自分の理解に頼ることです。自分の感情や考えにとらわれると、正しい判断が下せません。すべての事実を把握していないのに、状況を見て理解したつもりになるかもしれません。とても危険なことです。聖書は、自分の理解に頼ってはならないとはっきり警告しています。(箴言 3:5、6; 28:26)

[16節の質問] ある場面でトムは何を目にしましたか。どう考えましたか。
[16節] こんな場面を想像してみてください。ある晩、トムという経験豊かな長老がレストランで食事をしています。ふと別のテーブルを見ると、同じ会衆の長老のジョンが妻ではない女性と一緒に食事をしています。トムはびっくりします。2人は楽しそうに談笑しています。親しげにハグもしました。トムは気が気ではありません。「ひょっとすると離婚になるんじゃないか。奥さんや子どもたちはどうなる? そういえば以前にも似たようなケースがあったな」と考えます。もしあなたがこのような場面に出くわしたら、どう考えますか。

[17節の質問] トムはその後どんなことを知りましたか。何を学べますか。
[17節] トムはすぐに、ジョンが浮気をしていると考えましたが、本当にそうだったのでしょうか。その晩、トムはジョンに電話をしました。一緒にいた女性は、遠くに住むジョンの妹でした。2人は何年も会っていませんでした。妹は旅行の途中で、町に数時間しかいられませんでした。妻の都合がつかなかったので、2人で食事をすることになったのです。トムは事実を知り、ほっとしました。幸い、間違った情報を他の人たちに伝えてはいませんでした。何を学べますか。どんなに経験豊かなクリスチャンでも、事実を知らないと間違った判断を下す場合があるということです。

[18節の質問] 兄弟姉妹との間で不和が生じると、判断が曇らされることがあります。なぜですか。
[18節] 兄弟姉妹との間で不和が生じると、正しい判断ができなくなることがあります。気に入らない点ばかり考えていると、相手を疑いの目で見るようになるかもしれません。その人の良くないうわさを聞くと、すぐに信じたくなります。どんな教訓を学べますか。兄弟姉妹に悪感情を抱き続けると、事実に基づく判断ができなくなるということです。(テモテ第一 6:4、5)ねたみが心に根ざすなら、判断が曇らされてしまいます。悪感情を抱き続けるのではなく、兄弟姉妹を愛し、心から許しましょう。クリスチャンにはそうする務めがあるのです。(コロサイ 3:12‐14を読む。)
[挿入聖句] コロサイ 3:12‐14 したがって、神の選ばれた者、また聖にして愛される者として、優しい同情心、親切、へりくだった思い、温和、そして辛抱強さを身に着けなさい。だれかに対して不満の理由がある場合でも、引き続き互いに忍び、互いに惜しみなく許し合いなさい。エホバが惜しみなく許してくださったように、あなた方もそのようにしなさい。しかし、これらすべてに加えて、愛を身に着けなさい。それは結合の完全なきずななのです。[挿入聖句、終わり]

[副見出し] 聖書の原則は助けになる

[19、20節の質問] (イ)正しい情報を見分けるうえで、どんな聖書の原則が助けになりますか。(ロ)次の記事ではどんなことを考えますか。
[19節] 間違った情報があふれている今日、正しい情報を見分けるのは簡単ではありません。わたしたちの不完全さも、正しい判断を下す妨げになります。何が助けになるでしょうか。聖書の原則を学び、当てはめることです。その一つは、聞かないうちに返事をする人は愚かであり、辱められる、という原則です。(箴言 18:13)すべての言葉を受け入れてはならない、という原則もあります。(箴言 14:15)クリスチャンとして多くの経験を積んできたとしても、自分の理解に頼るべきではありません。(箴言 3:5、6)こうした原則を心に留めて、信頼できる情報を入手し、正しい結論を下し、賢い決定をしましょう。
[20節] 正しい判断を下す妨げとなることがほかにもあります。それは、人を見かけで判断することです。次の記事では、どうしたらそのようなことを避けられるかを考えます。

[5ページの囲み記事]
信頼できる情報を得る
エホバの組織はどんな方法で正確な最新情報を提供していますか。
ニュース速報: jw.orgに載せられる短い速報です。エホバの証人に関係した世界中の大きな出来事を知ることができます。
ニュースルーム: jw.orgのセクションの一つです。エホバの証人の信教の自由や、自然災害への対応などについて詳しく知ることができます。
JW Broadcasting<ブロードキャスティング>: このインターネットテレビ局では、世界中のエホバの証人の活動に関するビデオを視聴できます。
[囲み記事、終わり]
11:47:45
「愚痴​を​言う​こと​なく​互い​を​暖かく​もてなし​なさい」。ペテ​一 4:9

歌: 124,119

どの​よう​に​答え​ます​か

兄弟​姉妹​を​もてなす​必要​が​ある​の​は​なぜ​です​か。

人​を​もてなす​どんな​機会​が​あり​ます​か。

人​を​もてなす​の​が​難しい​と​感じる​時,どんな​こと​が​でき​ます​か。

1. 1​世紀​の​クリスチャン​は​どんな​状況​に​置か​れ​て​い​まし​た​か。

西暦​62​年​から​64​年​ごろ,使徒​ペテロ​は「ポントス,ガラテア,カパドキア,アジア,ビチニア​の​各地​に​散っ​て​いる​一時​的​居留​者​たち」に​手紙​を​書き​まし​た。(ペテ​一 1:1)小​アジア​の​会衆​に​は​様々​な​文化​や​背景​の​兄弟​姉妹​が​い​まし​た。彼ら​は​励まし​や​助け​を​必要​と​し​て​い​まし​た。反対​さ​れ,ののしら​れ,「火」の​よう​な「試練」を​経験​し​て​い​た​から​です。また,危機​的​な​時代​に​生活​し​て​い​まし​た。「すべて​の​事物​の​終わり​が​近づき​まし​た」と​ペテロ​が​述べ​て​いる​とおり,ユダヤ​人​の​事物​の​体制​は​10​年​足ら​ず​の​うち​に​滅ぼさ​れる​こと​に​なり​ます。当時​の​クリスチャン​が​ストレス​の​多い​時代​を​乗り切る​ため,どんな​こと​が​助け​に​なっ​た​でしょ​う​か。(ペテ​一 4:4,7,12)

2,3. ペテロ​が​互い​を​もてなす​よう​勧め​た​の​は​なぜ​です​か。(冒頭​の​挿絵​を​参照。)

2 ペテロ​は「互い​を​暖かく​もて​な[す]」よう​勧め​まし​た。(ペテ​一 4:9)「もてなし」と​訳さ​れる​ギリシャ​語​に​は,「見知ら​ぬ​人​に​対する​親愛​の​情​あるいは​親切」と​いう​意味​が​あり​ます。しかし​ペテロ​は「互い​を」,つまり​すでに​知っ​て​い​て​交友​が​ある​人​たち​を​もてなす​よう​勧め​まし​た。その​こと​が​大切​な​の​は​なぜ​でしょ​う​か。

3 互い​の​絆​を​強める​助け​に​なっ​た​から​です。あなた​も​だれ​か​の​家​に​招待​さ​れ,楽しい​時​を​過ごし​た​こと​が​ある​でしょ​う。その​時​の​こと​を​思い出す​と,温か​な​気持ち​に​なる​の​で​は​あり​ませ​ん​か。あなた​が​会衆​の​兄弟​姉妹​を​家​に​招待​し​た​時​も,友情​が​深まっ​た​の​で​は​あり​ませ​ん​か。兄弟​姉妹​を​もてなす​と,よく​知り合う​こと​が​でき​ます。ペテロ​の​時代​の​クリスチャン​は,周囲​の​状況​が​悪化​し​て​いく​中​で​互い​の​絆​を​強める​必要​が​あり​まし​た。「終わり​の​日」に​生活​する​わたしたち​も​そう​です。(テモ​二 3:1)

4. この​記事​で​は​どんな​こと​を​考え​ます​か。

4 どんな​機会​に「互い​を」もてなす​こと​が​できる​でしょ​う​か。人​を​もてなす​の​が​難しい​と​感じる​時,こと​が​でき​ます​か。​が​あり​ます​か。もてなし​を​受ける​時,どんな​こと​を​思い​に​留める​必要
兄弟​姉妹​を​もてなす​機会

5. 集会​で​どの​よう​に​人​を​もてなす​こと​が​でき​ます​か。

5 集会: エホバ​と​組織​は​わたしたち​を​集会​に​招い​て​くださっ​て​い​ます。招か​れ​た​者​同士,互い​を​歓迎​し​ましょ​う。(ロマ 15:7)新しい​人​が​来​た​時​に​は,その​人​の​外見​や​服装​に​かかわり​なく,温かく​迎え​たい​と​思い​ます。その​よう​に​し​て,招い​て​くださっ​た​エホバ​と​組織​に​協力​でき​ます。(ヤコ 2:1‐4)新しく​来​た​人​が​独り​で​いる​なら,一緒​に​座る​よう​誘う​こと​が​でき​ます。聖句​を​見せ​て,話​に​付い​て​いける​よう​助ける​こと​が​できる​でしょ​う。これ​は「人​を​もてなす」良い​方法​です。(ロマ 12:13)

6. どんな​人​を​家​に​招く​こと​が​でき​ます​か。

6 お茶​や​食事: 聖書​時代,人​を​もてなす​際​に​は​よく​家​で​食事​を​出し​まし​た。(創 18:1‐8。裁 13:15。ルカ 24:28‐30)食事​に​招く​こと​は,その​人​と​の​友情​や​平和​な​関係​を​築き​たい​と​願っ​て​いる​こと​の​表われ​でし​た。わたしたち​は​どんな​人​を​お茶​や​食事​に​招く​こと​が​でき​ます​か。会衆​の​兄弟​姉妹​を​招く​こと​が​でき​ます。この​世​の​状況​が​悪化​する​に​つれ,わたしたち​は​互い​を​ますます​必要​と​し​ます。兄弟​姉妹​の​忠節​な​友​に​なり,平和​な​関係​を​保た​なけれ​ば​なり​ませ​ん。2011​年,統治​体​は​米国​の​ベテル​家族​の「ものみの塔」研究​の​開始​時間​を​午後​6​時​45​分​から​午後​6​時​15​分​に​変更​し​まし​た。なぜ​でしょ​う​か。その​時​の​発表​に​よる​と,家族​研究​が​早く​終われ​ば,その​後​の​時間​に​互い​を​もてなし​やすく​なる​から​です。他​の​支部​も​同様​の​調整​を​行ない​まし​た。この​取り決め​は,ベテル​家族​が​互い​の​絆​を​強める​うえ​で​役立っ​て​い​ます。

7,8. 会衆​を​訪問​する​兄弟​たち​を​どの​よう​に​もてなす​こと​が​でき​ます​か。

7 わたしたち​は​皆,他​の​会衆​から​の​訪問​講演​者,巡回​監督,支部​事務​所​の​代表​者​の​訪問​を​楽しみ​ます。その​よう​な​機会​に,兄弟​たち​を​もてなす​こと​が​でき​ます。(ヨハネ​第​三 5‐8​を​読む。)お茶​や​食事​に​招く​こと​が​できる​でしょ​う​か。

8 米国​の​ある​姉妹​は​こう​言い​ます。「わたしたち​夫婦​は,これ​まで​多く​の​講演​者​の​兄弟​や​奥さん​を​家​に​招き,もてなし​まし​た。毎回,とても​楽しく,何​より​も​信仰​が​強まり​まし​た。招待​し​て​良かっ​た​と​いつも​思い​ます」。

9,10. (イ)どんな​人​たち​が​宿舎​を​必要​と​し​ます​か。(ロ)小さな​家​に​住ん​で​いる​人​も​兄弟​姉妹​を​泊める​こと​が​でき​ます​か。例​を​挙げ​て​ください。

9 家​に​泊める: 聖書​時代,人​を​もてなす​こと​に​は,信頼​できる​訪問​者​を​家​に​泊める​こと​も​含ま​れ​まし​た。(ヨブ 31:32。フィレ 22)今日​で​も,兄弟​姉妹​を​家​に​泊める​機会​が​あり​ます。巡回​監督,神権​的​な​学校​の​生徒,建設​奉仕​者​など​が​宿舎​を​必要​と​する​か​も​しれ​ませ​ん。自然​災害​で​家​を​失い,しばらく​滞在​できる​場所​を​必要​と​する​人​も​い​ます。兄弟​姉妹​を​家​に​泊める​こと​が​できる​の​は​大きな​家​の​人​たち​だけ​だ,と​考え​ます​か。確か​に,その​よう​な​人​たち​は​よく​宿舎​を​提供​し​て​いる​か​も​しれ​ませ​ん。小さな​家​に​住ん​で​いる​と​し​て​も,兄弟​姉妹​を​泊める​こと​が​でき​ます​か。

10 韓国​の​ある​兄弟​は,神権​的​な​学校​に​出席​する​生徒​たち​を​家​に​泊め​まし​た。こう​述べ​て​い​ます。「最初​は​ちょっと​ためらい​まし​た。結婚​し​た​ばかり​で,家​も​小さかっ​た​から​です。でも,生徒​の​兄弟​姉妹​に​泊まっ​て​いただい​て,本当​に​楽しかっ​た​です。夫婦​で​同じ​目標​を​持っ​て​エホバ​に​仕える​こと​が​どれ​ほど​幸せ​な​こと​か,じかに​見る​機会​に​なり​まし​た」。

11. 会衆​の​区域​に​引っ越し​て​き​た​人​を​もてなす​こと​が​大切​な​の​は​なぜ​です​か。

11 会衆​の​区域​に​引っ越し​て​くる​人: 会衆​の​区域​に​引っ越し​て​くる​兄弟​姉妹​や​家族​が​いる​か​も​しれ​ませ​ん。開拓​者​など,必要​の​大きな​所​で​奉仕​する​ため​に​移転​し​て​くる​人​も​い​ます。その​よう​な​兄弟​姉妹​が​新しい​土地​や​会衆​に​なじむ​に​は​時間​が​かかり​ます。新しい​言語​を​学ん​だり​新しい​文化​に​慣れ​たり​する​必要​も​ある​か​も​しれ​ませ​ん。その​よう​な​兄弟​姉妹​を​お茶​や​食事​に​招い​たり,一緒​に​出かける​よう​誘っ​たり​する​こと​が​でき​ます​か。そうすれば,兄弟​姉妹​は​新しい​友達​を​作り,新た​な​環境​に​慣れる​こと​が​できる​でしょ​う。

12. 手​の​込ん​だ​もてなし​を​する​必要​は​あり​ませ​ん。その​こと​を​示す​どんな​経験​が​あり​ます​か。

12 手​の​込ん​だ​もてなし​を​する​必要​は​あり​ませ​ん。(ルカ 10:41,42​を​読む。)ある​兄弟​は​宣教​者​と​し​て​奉仕​し​始め​た​ころ​を​思い出し,こう​述べ​て​い​ます。「わたしたち​夫婦​は​まだ​若く​て​経験​も​浅く,ホームシック​に​なっ​て​しまい​まし​た。ある​晩,妻​の​ホームシック​が​とても​ひどく​なり,わたし​が​どんな​に​慰め​て​も​だめ​でし​た。そんな​時,午後​7​時​半​ごろ​でし​た​が,だれ​か​が​ドア​を​ノック​し​まし​た。玄関​に​は​聖書​研究​生​の​女性​が​オレンジ​を​3​つ​持っ​て​立っ​て​い​まし​た。新しい​宣教​者​を​歓迎​し​よう​と​思っ​て,来​て​くれ​た​の​です。わたしたち​は​彼女​を​家​に​入れ,1​杯​の​水​を​出し​まし​た。その​後,お茶​と​ココア​を​用意​し​まし​た。わたしたち​は​まだ​スワヒリ​語​が​話​せ​ず,彼女​も​英語​が​分かり​ませ​ん​でし​た。でも,この​訪問​の​後,地元​の​兄弟​姉妹​と​素晴らしい​友情​を​築く​こと​が​でき​まし​た」。

人​を​もてなす​の​が​難しい​と​感じる​時

13. 人​を​もてなす​と​良い​の​は​なぜ​です​か。

13 兄弟​姉妹​を​もてなす​の​を​ためらっ​た​こと​が​あり​ます​か。もし​そう​なら,交友​を​楽しみ,いつ​まで​も​続く​友情​を​築く​機会​を​逃し​て​しまっ​た​か​も​しれ​ませ​ん。人​を​もてなす​こと​は​寂しさ​を​和らげる​特効​薬​です。でも,つい​ためらっ​て​しまう​こと​も​ある​でしょ​う。どんな​理由​が​ある​でしょ​う​か。

14. 人​を​もてなし​たり,もてなし​を​受け​たり​する​時間​や​エネルギー​が​ない​と​感じる​なら,どんな​こと​が​でき​ます​か。

14 時間​や​エネルギー​が​ない: エホバ​に​仕える​わたしたち​は​とても​忙しく,す​べき​こと​が​たくさん​あり​ます。人​を​もてなす​時間​や​エネルギー​は​ない​と​感じる​か​も​しれ​ませ​ん。もし​そう​なら,今​の​スケジュール​を​見直す​必要​が​ある​でしょ​う。人​を​もてなし​たり,もてなし​を​受け​たり​する​ため​の​時間​や​エネルギー​を​持てる​よう,幾らか​スケジュール​を​調整​でき​ます​か。聖書​は​人​を​もてなす​よう​勧め​て​い​ます。(ヘブ 13:2)ですから,人​を​もてなす​ため​の​時間​を​作る​こと​は​正しい​こと​です。その​ため​に​は,あまり​重要​で​は​ない​こと​に​充てる​時間​を​減らす​必要​が​ある​でしょ​う。

15. ある​人​たち​が​もてなす​こと​を​ためらう​の​は​なぜ​です​か。

15 自信​が​ない: もてなし​たい​気持ち​は​ある​けれど​自信​が​ない,と​言う​人​が​い​ます。内気​だ​し​会話​も​苦手​な​の​で​お客さん​は​退屈​する​の​で​は​ない​か,と​思う​の​か​も​しれ​ませ​ん。経済​的​に​豊か​で​は​ない​の​で​他​の​兄弟​姉妹​の​よう​な​もてなし​は​でき​ない,と​感じる​人​も​い​ます。でも,忘れ​ない​で​ください。大切​な​の​は​立派​な​家​に​住ん​で​いる​か​どう​か​で​は​あり​ませ​ん。家​を​きれい​に​掃除​し,温かく​迎えれ​ば​よい​の​です。

16,17. どう​すれ​ば,人​を​もてなす​際​の​緊張​や​不安​を​和らげ​られ​ます​か。

16 お客さん​を​招く​の​は​緊張​する,と​言う​人​は​少なく​あり​ませ​ん。英国​の​ある​長老​は​こう​言い​ます。「お客さん​が​家​に​来る​時​は​少し​緊張​し​ます。でも​エホバ​へ​の​いろいろ​な​奉仕​と​同じ​で,多少​不安​が​あっ​て​も,実際​に​やっ​て​みる​と​大きな​喜び​や​満足​を​味わえ​ます。お客さん​と​コーヒー​を​飲み​ながら​話す​だけ​で​楽しい​です」。お客さん​に​関心​や​気遣い​を​示し​ましょ​う。(フィリ 2:4)ほとんど​の​人​は​自分​の​経験​を​話す​の​が​好き​です。食事​や​お茶​の​時​は​他​の​人​の​経験​を​聞く​良い​機会​です。別​の​長老​は​こう​述べ​て​い​ます。「会衆​の​兄弟​姉妹​を​家​に​招く​と,兄弟​姉妹​の​話​を​ゆっくり​聞く​こと​が​でき​ます。真理​を​知る​よう​に​なっ​た​いきさつ​など,いろんな​こと​を​知る​こと​が​でき​ます」。温か​な​関心​や​気遣い​を​示せ​ば,きっと​楽しい​ひと時​に​なる​でしょ​う。

17 神権​的​な​学校​に​出席​する​生徒​たち​を​何​度​か​家​に​泊め​た​開拓​者​の​姉妹​は​こう​言い​ます。「最初​は,うち​で​大丈夫​だろ​う​か​と​思い​まし​た。簡素​な​部屋​で,家具​も​古かっ​た​から​です。でも,学校​の​教訓​者​の​奥さん​の​言葉​を​聞い​て​ほっ​と​し​まし​た。巡回​訪問​の​際,自分​たち​と​同じ​よう​に​簡素​な​生活​を​し​ながら​奉仕​し​て​いる​人​の​家​に​泊まる​の​が​一番​好き​だ​と​おっしゃい​まし​た。それ​を​聞い​て,子ども​の​ころ​母​が『野菜​の​料理​と​愛​が​あれ​ば,それ​で​十分』と​よく​言っ​て​い​た​の​を​思い出し​まし​た」。(箴 15:17)心配​する​必要​は​あり​ませ​ん。大切​な​の​は​愛​だ​から​です。

18,19. 他​の​人​と​の​関係​を​改善​する​ため​に,もてなす​こと​は​どの​よう​に​役立ち​ます​か。

18 あの​人​を​もてなし​たい​と​は​思え​ない: いつも​気​に​障る​こと​を​言う​人​が​会衆​に​い​ます​か。不​愉快​な​気持ち​を​そのまま​に​し​て​いる​なら,その​人​と​の​関係​が​良く​なる​こと​は​あり​ませ​ん。過去​に​感情​を​傷つけ​られ,許す​の​が​難しい​場合​も​ある​でしょ​う。好き​で​は​ない​人​を​もてなし​たい​と​は,なかなか​思え​ない​もの​です。

19 聖書​は
​する​ため​に,もてなす​こと​を​勧め​て​い​ます。敵​を​もてなす​こと​さえ​勧め​て​い​ます。(箴言 25:21,22​を​読む。)もてなす​こと​に​よっ​て,悪​感情​を​和らげ,平和​な​関係​を​築ける​か​も​しれ​ませ​ん。相手​の​良い​点​が​見える​よう​に​なる​でしょ​う。エホバ​は​そう​し​た​点​を​ご覧​に​なっ​て,その​人​を​真理​に​引き寄せ​た​の​か​も​しれ​ませ​ん。(ヨハ 6:44)相手​は​思いがけない​招待​に​驚く​か​も​しれ​ませ​ん。でも,愛​に​動かさ​れ​て​招待​し,一緒​に​時​を​過ごす​なら,それ​が​きっかけ​で​良い​関係​を​築ける​でしょ​う。どう​すれ​ば​愛​に​動かさ​れ​て​もてなせる​でしょ​う​か。フィリピ 2​章​3​節​の​アドバイス​に​従い,「他​の​人​が​自分​より​上​で​ある​と​考え​て​へりくだっ​た​思い​を​持[つ]」こと​です。信仰,忍耐,勇気​など,その​人​の​優れ​た​特質​を​探し​て​ください。自分​より​上​で​ある​点​を​探す​の​です。そうすれば,相手​に​対する​愛​が​深まり,ぜひ​もてなし​たい​と​思う​でしょ​う。

良い​客​に​なる



客​を​招い​た​人​は​一生​懸命​に​準備​する。(20​節​を​参照。)

20. 招待​を​受け入れ​た​なら,どう​し​ます​か。なぜ​です​か。

20 詩編​作者​ダビデ​は​こう​述べ​まし​た。「エホバ​よ,だれ​が​あなた​の​天幕​の​客​と​なる​の​でしょ​う​か」。(詩 15:1)神​の​客​に​求め​られる​特質​の​一つ​は,約束​を​守る​こと​です。こう​あり​ます。「彼​は​自分​に​とっ​て​悪い​こと​を​誓い​まし​た​が,それでも​変え​ませ​ん」。(詩 15:4)招待​を​受け入れ​た​なら,簡単​に​キャンセル​す​べき​で​は​あり​ませ​ん。招待​し​た​側​は​いろいろ​な​準備​を​進め​て​おり,キャンセル​する​なら,その​人​の​努力​が​無駄​に​なっ​て​しまう​か​も​しれ​ませ​ん。(マタ 5:37)もっと​魅力​的​な​招待​を​受け入れる​ため​に,以前​に​受け入れ​た​招待​を​キャンセル​する​人​も​い​ます。それ​は​愛​や​敬意​に​欠け​た​こと​です。わたしたち​は,招待​し​た​側​が​準備​し​て​くれ​た​もの​を,心​から​感謝​し​て​受け入れ​たい​と​思い​ます。(ルカ 10:7)やむ​を​得​ない​事情​で​キャンセル​し​なけれ​ば​なら​ない​時​は,できる​だけ​早く​知らせ,愛​と​思いやり​を​示し​ましょ​う。

21. 地元​の​習慣​を​尊重​する​こと​が​大切​な​の​は​なぜ​です​か。

21 地元​の​習慣​を​尊重​する​こと​も​大切​です。突然​の​来客​が​歓迎​さ​れる​文化​圏​も​あれ​ば,前もって​約束​し​て​から​訪問​する​の​が​よい​と​される​文化​圏​も​あり​ます。ある​国​で​は,お客さん​に​一番​良い​もの​を​出し,家族​は​それ​以外​の​もの​を​食べ​ます​が,別​の​国​で​は,家族​も​お客さん​も​同じ​もの​を​食べ​ます。お客さん​が​食べ物​や​飲み物​を​持っ​て​いく​の​が​普通​の​国​も​あれ​ば,何​も​持っ​て​いか​なく​て​も​よい​国​も​あり​ます。1​回​目​や​2​回​目​の​招待​は​丁重​に​断わる​の​が​よい​と​される​所​も​あれ​ば,招待​を​断わる​の​は​失礼​と​される​所​も​あり​ます。招待​する​側​に​喜ん​で​もらえる​よう,できる​限り​努力​し​ましょ​う。

22. 「互い​を​暖かく​もて​な[す]」こと​が​大切​な​の​は​なぜ​です​か。

22 「すべて​の​事物​の​終わり​が​近づき​まし​た」。今​は​まさに​そう​言える​時代​です。(ペテ​一 4:7)史​上​最大​の​患難​が​間近​に​迫っ​て​い​ます。周囲​の​状況​が​悪化​し​て​いく​中,兄弟​たち​へ​の​愛​を​強め​な​けれ​ば​なり​ませ​ん。これ​から​も​ペテロ​の​助言​に​従い,「互い​を​暖かく​もてなし」ましょ​う。(ペテ​一 4:9)わたしたち​は​永遠​に,互い​を​もてなす​喜び​を​味わえる​の​です。


23:01:32
いい話でした。

相手の限界を知って励まし、慰める。「元気・力・希望・勇気を出す言葉」を掛ける。
①神との個人的な関係を築く
※ 神には限界がない(いつでも。いつまででも)
  助け・答えに気がつくことが必要
フィリピ4章6 何事も思い煩ってはなりません。ただ,事ごとに祈りと祈願をし,感謝をささげつつあなた方の請願を神に知っていただくようにしなさい。 7 そうすれば,一切の考えに勝る神の平和が,あなた方の心と知力を,キリスト・イエスによって守ってくださるのです。

②聖書を読み、当てはめること
イザヤ61章1 主権者なる主エホバの霊がわたしの上にある。それは,エホバがわたしに油をそそぎ,柔和な者たちに良いたよりを告げるようにされたからである。[神]はわたしを遣わして,心の打ち砕かれた者を[包帯で]包み,とりこにされた者たちに自由を,捕らわれ人たちには[目が]大きく開かれることをふれ告げ,2 エホバの側の善意の年とわたしたちの神の側の復しゅうの日とをふれ告げ,嘆き悲しむすべての者を慰め,3 シオンについて嘆き悲しむ者たちに割り当てて,彼らに灰の代わりに頭飾りを,悲しみの代わりに歓喜の油を,落胆した霊の代わりに賛美のマントを与えるようにされた。彼らは必ず義の大木,エホバの植えたものと呼ばれる。それは[神]が美しくされるためである。

③クリスチャン会衆で定期的な講話に励まされる
使徒15 32 そしてユダとシラスは,自ら預言者でもあったので,何度も講話をして兄弟たちを励まし,また強めた。
イザヤ40 29 [神]は疲れた者に力を与えておられる。活動力のない者にみなぎる偉力を豊かに与えてくださる。



今日の私はこんな感じでした。



17:11:49
2018日々の聖句

完成~~~。
やっぱり使いやすいものは自分で作らないとね。
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